Hi Strangers!

シドヴィシャスに成り遅れた女の暴言

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図書館

毎週日曜日、図書館に行くことが幼少期からの習慣だった。車で20分程の、市立図書館だ。私は図書館というものに随分幼い頃から崇高なものを感じていた。どことなく秘密めいていて、怪しく神々しい。

高校にあがる前までテレビ無し、雑誌無し、マンガはあったけれども三国志のような歴史物のみ、、、という過酷な(今となっては感謝できる)環境で育っていたため、活字を読むという作業は半ば強制的に教わった。家の本棚には百科事典がギッシリ並んでおり、もちろんサンタからのプレゼントも本か図書券だった。

私はありがたくも読むことを娯楽とし、ありとあらゆる本を片っ端から読んだ。聖書から、料理の献立、通り過ぎる看板を読む事さえも楽しかった。小学校低学年にし、シャーロックホームズ全巻、赤川次郎全巻、江戸川乱歩全巻を読破した。小学校の図書館も大好きだったけれども、やはり、毎週日曜日に通う市立図書館は格別だった。ただ単に本の種類が多いからというわけではなく、大人の本が読めるということがなによりも嬉しかった。入り口から入って右側は子供用、左側は大人用と分けられていて、私はいつも罪の意識をもちながら、コソコソと左側で本を何冊か引き抜いては右側に早足で移り、いかにも子供の本を読んでいるように見せかけるのが得意だった。手塚治の『火の鳥』を読んだ際は、あまりの衝撃で地獄に堕ちるのではないかと思った。私にとって市立図書館の左側は秘密の花園そのものであり、そこには漆黒の大人の世界が海のように広がっていた。そんな心構えで行くものだから、図書館に入った瞬間はいつも幸福と興奮が波のように押し寄せ、必ずトイレに行きたくなり、そして悲しきかな、閉館のアナウンスと共に流れる「芭蕉布」の曲で私は夢の世界から現実へと荒々しく切り離されるのだった。

こんなにも図書館に特別な思い入れがある私だからこそ、モントホリヨーク大学の歴史あるライブラリに感情が高ぶってもいいものの、これが全くもって無関心でほとんど使用していなかった。やはりあの感覚は時とともに廃れてしまったのでは、と思い心がチックと痛んだ。

しかし数日前に久しぶりにライブラリに寄った際、摩訶不思議、あの幼い頃市立図書館で味わった感動がふつふつと湧き出てくるではないか。なにとぞ?と思いながらも静かな図書館で本を読んでいると、あの当時の色褪せない幸福感プラス、今までに体験した事がない新しい満足感がやってきた。「そうだ、英語でも本が読めるようになったんだ。」興奮を隠しきれず冷たくなったコーヒーをグビグビ飲みながら、リズムよくページをめくっていった。この感覚が癖になり、次の日もそしてまた次の日もアルベルトカミュ、サルトル、シモン、ジオノなどを読み続け平和な幸福感にしばらく浸っていた。

が、今日ライブラリに寄ったら魔法は完全に消えていた。なにが原因だろうとよくよく考えてみて、仮定ではあるがある一つの結論にたどり着いた。図書館に魔法をかけるのは、建物ではなく、本のみでもない、その図書館で本を手に取り無我夢中にそれを読んでいる人々なのだと。モントホリヨークライブラリに感動がなかったのは、そのライブラリが本を読む寺というか、勉強する寺であったため。冬休み中ライブラリに魔法が帰ってきたのもこれで理由がつく。そこで普段勉強しているはずの学生が帰省し、いたのは読書好きのおじさんおばさんか、私のように貧乏で家に帰れずじまいの本の虫だけだったから。そして今日から学生が帰ってき始め、ライブラリが又勉強の場所になり魔法は解けたということになる。どうしょうもない仮定かもしれないが、少々気が楽になった。

モントホリヨークライブラリのちょうど向かえに、少々地味で名前だけファンキーな『ゲイロードライブラリ』という図書館がある。魔法を探しに、明日はそこにくりだすことにする。
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夏季限定 、ボストン 生活(1)

皆さん、暑い中いかがお過ごしでしょうか?私は現在、ボストン、マサチューセッツに住んでいます。5月の終わりから、8月の頭までインターシップをしているので、毎日忙しく、充実した日々を送っています。

今まで、アメリカの色々な都市を旅してきましたが、やはりボストンは、私との相性が一番いい場所だと思います。まぁ~、十人十色、人によって色々な意見があると思いますが、住むとなれば、ボストン程快適な町はないだろうと確信しています。

私が今住んでいるところは、ボストンの中心から電車で10分ほど離れ、太西洋のOcean Viewで有名なHabor Pointという所です。沖縄の海とは又違ったダイナミックさが魅力的です。オフィスは市の中心にあるので、行きは電車で帰りは健康のため歩いて帰ります(約45分程度)。家に帰ると、ルームメイトのジルと晩御飯を作り、近所の友達と海の側のベンチで食べます。タコライスとオムライスは、国際的にばかうけです!最近では、うちに来てタコライスを作ってくれ!というリクエストも多くなり、タコライス伝道師として沖縄県から認められたい今日この頃です。


よく理由は分からないけれど、近所にはインド人の若いお医者さんばかりいて、週末に夕食に招待されます。インドおふくろのカレーは本当においしいです!!次の朝地獄が待っていると分かっていても、ついつい食べてしまうインド料理。。やはり食欲に勝るものなしです。

(写真、手前の茶色い建物が密集しているところがHarbor Pointです。)


harbor-city.jpg

Hemingway in Wet Paris

By now, I am certain that I have lost so many readers due to my inconsistency. As you might have already noticed, my blog has no solid theme whatsoever. It’s not even chronogically ordered. I just write whatever comes to my mind. Such a pain in the ass. Well, I was thinking why people blog or frequently update their FB (abbreviation for Facebook. I use it all the time so please get used to it) status. In my case, these are the usual reasons:1) SOMEONE OUT THERE LISTEN TO ME! 2) Hey, I’M HERE 3) LOOK AT ME 4) I want you to know how stressed I am. But it's different this time. I decided to dedicate this page to a specific individual who has brought a great impact on my life. Why now? Well, because first of all,  I really don’t know how long it’s gonna take to publish my writings and second of all, 2012 is getting closer (you have to laugh here). This page is a direct response as well as a collection of my thoughts rather than a mere descriptive writing.

If you like Paris in the rain, a terrace in the sun, and a piece of waffle in a hot chocolate, you might enjoy reading it.

hemingway460.jpg


 

About Hemingway,,,,,Yes, he is sexy indeed.


I don’t know why but what he said about ‘love’ and ‘death’ in the film struck me. “Only when you love someone so deeply, you can overcome the fear for death”,,,,it’s not the exact quotation but it was somewhat like that. I thought that was brilliant even though it sounds very cheesy. If I am understanding him right, Death is the ultimate fear, which is common to all human beings, and Love is the ultimate Anesthesia that can numb this fear. As we have already discussed, Love is neither eternal nor a cure for the fear; you must kill it in order to preserve its effect, but still it’s powerful nonetheless. Of course, this kind of wisdom can only come from a person like Hemingway who actually FACED DEATH at some point in his/her life. In other words, one cannot know the extreme fear for death until he faces death; thus, those who have not experienced the fear for love does not even have a capacity to understand the effect of love. You get what you pay for. An intense effect can only be produced by an intense cause.

 

I want this intensity in my life.

 

So, is Hemingway telling us that there is no way of feeling death without driving an ambulance in Italian Front? No, I don’t think so. Death, I think, exists in our everyday life. Death does not necessary mean a physical one. For me, losing authenticity is a rigid death that leads to one’s mental, perhaps physical as well, termination. Authenticity is the only thing that defines my individual being. Loss of authenticity is loss of SELF, which I think even more frightening than the physical death. The most difficult part of this kind of death is the fact that there is no antagonist. You do not have solid enemies to fight against. Moreover, not only the subjects to fight against but also death itself is invisible. Like a cocoon without its inhabitant, only a sense of emptiness remains. Slowly but surely, it will approach you, capture you, and bury you in your daily routine, school, bills, co-workers, etc.

 

The fear for this kind of death, therefore, is not as keen as the fear, in which Hemingway describes. It’s dull, scattered and unframed. The fear for physical death is an obstacle to be overcome; consequently it could feed one’s creativity, imagination and so on. But the fear I am talking about is absolutely infertile in its original form.
 
Then what can we do? Well, we can concretize this fear by facing, remembering, and understanding it everyday. This way, we can artificially create a wall, which prevents externalities from terminating our authenticity. Only in this peaceful void, one can fully enjoy the true self.

And this, my friend, is eternal. Don't you think?

春はまだかい!

皆様お元気ですか?
こんなに長らく日記をさぼってしまい、誠に申し訳ない気持ちでいます。
自分のブログで愚痴るのもなんですが、本当に授業が忙しすぎて、最近は眠る暇もありません。
ナポレオンに進化する寸前です。


今回は地震の件について一言。

遠くアメリカでこのニュースを知った時は、ショックの一言でした。
ニュースに映し出される悲惨な映像が、自分の国で起きていることだと把握するのに、しばらく時間がかかりました。
私の家族は沖縄にいたので皆無事でしたが、何かしてあげたいのに何もできない歯がゆさを、改めて痛感している今日この頃です。

いまこそ日本のために立ち上がらなければと思い、学校でチャリティーイベントを行った際、$3000の募金が集まりました。このお金で、少しでも多くの人が救われることを心から願っています。海外にいる日本人学生は、日本のために今、必死でがんばっています。この様なチャリティー活動は、日本人学生に限らず、私が住む地域のいたるところで行われています。現在、世界中の人々が日本を懸命にサポートしています。私は、日本の不屈精神を願い、これからも学生なりに貢献を続けようと思います。読者の皆様に、この気持ちが伝われば幸いです。

がんばれ日本!負けるな日本!!






printemps

黄金の夢に
淡く浮かぶ草原よ

頬に宿る
太陽の

香りに目覚めた
生命よ

音は静寂より清し
森は海よりさざなみ

瞼に映る
仄かな
松の優しさよ


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プロフィール

ケニー

Author:ケニー
年)  24
生存地)現在ーアメリカ、マッサチューセッツ州
何者?) 国際政治学を学ぶ者
好き)旅、読書、映画、会話、自然と戯れること,アイルランドの紅茶とミルク、音楽、
嫌い) 寒い冬、暇、縦社会、責任、怠慢、マグロ、愚痴
生まれる前はたぶん) さまよえるジプシー、
ネイティブアメリカン,そして70年代のコカイン中毒ヒッピー。地理力がいいことから、海賊かアレキサンダーザグレイトだった説。。それかジンギスカンか。現世にいたっては国籍不明な怪しい女。

音楽は魂に触れるものなら
なんでも聞きます。。ラップ、R&B,カントリーミュージックは例外として。。。。



映画と旅に物凄く心を奪われます。

宜しくね。


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思い出の映画氷山の一角

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